英国が欧州連合(EU)に残留すべきかどうかについての国民投票に至るまでの間に、議論の焦点となったのは、”移民”だった。しかし、水産業も国民の関心事となったことをみなさんはご存知だろうか? 漁師のテムズ川での船上キャンペーンを含め、EU加盟の影響に対するデモ行進や辛辣な議論が、海に関しても引き起こったのだ。 EU離脱には、漁業の将来に多くの不確実性がある。英国が、EUを離脱することによる影響を受けるであろう分野として、政策、科学、そして社会を挙げて解説を試みた。
政策
共通漁業政策(CFP)は、EUにおける漁船と水産資源を管理している。それにより、すべての加盟国がEU海域へ自由に行き来することを可能にしている。しかし、CFPは、持続可能な水産資源利用のための管理を十分に行う効力がないと批判されてきた。 「離脱」派は、勿論ヨーロッパの政策であるCFPに対抗していたので、英国は、この離脱によってCFPの枠組みから漁業を解放し、アイスランドやノルウェーが現在採用している制度モデルを手本にしていくのではないか、と推測される。
確かに、英国はCFPに留まるという選択をする可能性もあるが、そうでない場合には、下記の5つの事項に関して速やかに独自の政策を構築する必要がある。
事項①:漁業管理や漁業割当のための交渉 ー 漁業割当量(この割当以上獲らないという規定)は、魚資源の乱獲防止を試みるために使用される。漁獲可能量(持続可能な漁業のために設けられた魚を獲る量の上限)は、割当量としてEU加盟国間で共有されている。これらの割当量は、各加盟国に振り分けられているのだが、均等に分配するのではなく、交渉によって決定される。現在、英国外からの漁師が、英国の割当量の下で英国船や魚を購入することが出来る。一方で、英国の事業者も他の加盟国に対して同様の権利をもつ。この取り組みはEUという枠内で行われているので、英国がCFP(EUの政策枠組み)を離れた場合、EUから独立した新しい規則を適用する必要がある。英国は、ノルウェーと同様の立場を採用し、EU諸国での漁獲割当量を交渉するだろうが、不利益な割当を与えられる結果となるかもしれない。
事項②:航行制限水域と排他的経済水域(EEZ)ー 国の排他的経済水域(EEZ)とは、その国が海洋資源へのアクセス権を持つ沿岸から200海里以内の水域である。今後、英国がそのEEZへの外国漁船によるアクセスを許可するかどうかは不明だ。現在、「オープンアクセス」の原則により、英国海域では他のEU船に漁業の権限が付与されている。この問題は、EU離脱(Brexit)に関する国民投票へ向けた遊説で物議を醸した。英国がCFPから完全撤退することで、EU船は他国と同様に、正式に英国EEZへのアクセス許可を要求する必要がある。英国は、自国の海域での完全な漁獲権限を取り戻す事になり、その上で余剰な水産資源にアクセスする権限をどの国に譲渡するのかを決める権利を有することとなる。国境を越える高度回遊性の魚種の管理は、他国と共同で対処する必要がある。もしアクセス権が与えられた場合、英国は漁業を監視し統制するためにEUと効率的に取り組む必要がある。
事項③:海洋保護 ー EU海洋戦略枠組み指令(MSFD)とEU生息地指令(1992年採択)は、生物多様性と生息地保全のための目標を設定している。海洋保全は、この政策のもと、英国が取り組む義務を有する課題であるが、EU離脱によりその義務に疑問が出てくる。例えば、海洋保護区(MPA)は、海洋生態系を保護する管理ツールであるが、これまでのEU基準はどのように変えられるだろうか。英国がMSFD下から外れた場合、独自の戦略を考え出す必要があると考えられるが、そのための新規のMPAや生息地の保全形態は、英国の次期政権次第となる。 可能性としては、2009年以来、英国の管理機関は、新しい沿岸法の下で一連のMPA設置を行っており、これらの事例が今後の海洋保全の方針を組み立てる基準として作用する事が考えられる。
事項④:漁業破棄禁止 ー 漁業破棄とは、魚の大きさ、割当制限、その他のことを理由に、生死にかかわらず、不要な魚(売り物にならない魚)が海中に投げ戻されることだ。CFPの2014年の改正では、この無駄な慣習を縮小するために、漁業系廃棄物の水揚げ責任、すなわち漁獲したすべての魚を陸揚げする責任を加盟国に課している。英国でもこの重要な変更事項が導入され、2015年から遠洋魚資源を対象に始まった。漁業破棄禁止はその後、2016年から2019年の間に他のすべての魚資源まで広げられるよう計画された。英国がCFPの一部でなくなった今、次期政府は、この破棄禁止を維持するのか、それとも異なる様式を維持するかどうかを決める必要がある。
事項⑤:スコットランドの独立性 ー 「離脱」派が勝利したことを受け、スコットランド初代首相は、EUに残留するため、独立に関して再投票を計画する意向を表明した。スコットランドでは、実際に「EU残留」に大多数(62%)の国民が投票した。もしスコットランドが独立し、EUに加入した場合、漁船のオープンアクセスの原則は、スコットランド海域に適用されるが、英国では適用されないだろう。スコットランドは英国の水揚げ量の64%を占めているので、この起こりうる状況は、特に漁業管理における不確実性や衝突をもたらす可能性がある。
科学
英国のEU離脱により、EU海域で漁業に関わる科学(調査研究の実施体制や能力) に、下記の3つの事項に関して影響を与えるかもしれない:
事項①:研究資金 ー 英国で行われている現在の科学・学術研究の多くは、EUからの資金供給で成り立っている。 2014年〜2020年の予算120億ユーロは、研究と技術革新に捧げられた。また、いくつかの資金提供プログラムを維持するためにも、国を超えたプロジェクト提携は必要となる。Digital Scienceの報告によると、英国は、年間10億ポンドの科学研究資金を損失する事態に直面するだろう。
事項②:データ共有 ー 現在、 研究データは、いくつかの研究機関、またはEU内でのプロジェクト提携によって収集され、”INSPIRE” 指令によってEU加盟国間で共有されている。これらのデータは、科学的研究のために必要とされており、科学界では、データ共有の進歩による絶大な恩恵を受けている。英国は、この科学分野において、どの政策を採用するかを決定し、また、これらの種々の取り組みに参加し続けるかどうかの決断を迫られる。
事項③:人材 ー 入国管理法が変更された場合、他のEU加盟国からの研究者やスタッフが、英国で就労できるかどうかが不確実となる。英国の専門家と連携して作業し、EU加盟諸国からの研究者で構成される研究グループは、就労ビザなどの問題に直面する可能性があり、資金調達もより困難になる可能性がある。
社会
英国のEU離脱(Brexit)は、水産業に従事する人々や水産物を消費する一般の人々にも下記の三つの事項について大きな影響を与える可能性がある:
事項①:水産物の価格 ー 魚の値段や他の水産物の価格が変わるかもしれない。英国は、魚の輸入国であり、魚を輸出以上に輸入している。 2014年には、721,000トンの魚が英国内に輸入され、499,000トンが輸出されたとの見積もりが出ている。EU離脱により、英国の事業者が、国内の漁業資源をより大幅に利用することによってある程度自給率のバランスは取れるかもしれないが、それでもなお、今後かなりの輸入量が必要となるだろう。
事項②:市場アクセス ー 英国がEUから完全に離脱した場合、EU諸国との貿易は、WTO規則の下で管理され、水産物には中程度の関税が課されることになる。これは英国の漁業にどのように影響するだろうか?予測されるのは、経費はそのままで、英国輸出品だけがさらに高額になる。また、輸入品の購買力を低減する一方で、すでに概算でGBPの約10%の下落が見られており、これは英国の輸出における競争がより熾烈を極める結果となるだろう。
事項③:漁師の生計ー 漁師の多くが、CFPは不公平であり、彼らの生活を脅かすと受け止めていた。 Brexitキャンペーンでは、漁業に関するEUの政策によって及ぼされる数々の困難な影響や、漁師や船数の顕著な減少を打ち出した。 EU離脱により、現在の課題である小規模漁業と養殖業、ならびに漁業管理のための生態系ベースのアプローチを含め、水産分野に対する明確なビジョンを政府が詳述する必要性が訴えられるだろう。