By Colin Thackray, Nereus Fellow at Harvard University
海は非常に広大である。その広大さと長期にわたって海上に出ることが、海を観測する科学者たちにとって難題である。街中や空港でできる気象学の大気観測とは異なり、海洋科学者が正確な観測をするためには、海上に出ることが必要である。科学者を海洋に連れて行くために特別に設計、装備された船を、研究船舶(RVs)と呼ぶ。
アメリカ合衆国では、国立科学財団がRVsを所有し、支援している。その一つが、ロードアイランド大学が運航する エンデバー号で、ナラガンセット湾が母港である。エンデバー号は、物理的、化学的、生物学的な海洋研究を行う科学者たちを乗せ、半年以上を海上で過ごす。長さ56メートルの船は、海洋学者のために特別に装備されており、彼らを乗せて、北極圏の北から南アメリカ、大西洋を渡る。エンデバー号が取り組む海洋研究は、生物学者や科学者と共に物理海洋学者が調査にあたり、研究の細部に及んでいる。また、大学院生が実践的な海洋学を経験する機会となっている。
私の研究分野は、人間活動により排出され、長期間、大気、海洋、および/または生物圏に残留する水銀のような持久性有毒化学污染物による環境汚染についてである。このような物質が環境の中でどのように反応するかを理解するためには、エンデバー号のような研究船舶でされる測定は不可欠である。
4月にエンデバー号に科学者の一人として乗船した私の目的は、水銀含有量を測定するための海水サンプルを収集し、研究室に持ち帰ることであった。水銀は、そのほとんどが大気中から海に入り、雨が降ったとき川から流出する。石炭燃焼、また金採掘のおよそ20%を占める水銀アマルガム系の小規模金採掘により、これらの自然環境に流入する。水銀は、海ではメチル水銀と呼ばれる有毒物質に変換する。メチル水銀は、海洋生物とそれを食べる人々両方の健康に悪影響を与える。そしてそれは、魚や野生動物の生殖、成長、行動障害、及び人間の発達障害や心血管疾患と関連している。
水銀濃度が海面から深海にかけてどのように変化するかは、海中の水銀について知る重要な情報である。この情報を得るために、船の横から降ろすウィンチのサンプリング装置(下の写真)を使用する。何千メートルものケーブルを携えたこの装置で、海洋深層に降下することが出来る。希望の深度に到達すると、リモートコントロールでそこに取り付けられているボトルを閉め、この深度での海水を採取することが出来る。この収集プロセスが終わると、装置は船上に戻され、巡航後に研究室に持ち帰れるようサンプリング装置から運搬可能なボトルに移される。
これらの測定を行うことで、海中の現在の水銀状態だけでなく、変遷も洞察することができる。大西洋の深海の水は、長年大気に直接晒されていないので、どれくらいの水銀がそこまで沈んだかを知ることで、過去に大気中にどれだけの水銀があったのかを計ることができる。人間の排出源から遠く離れた所の測定を行うことで、水銀のような有毒物質が、自然環境の中にどのくらいの間留まるのかがわかるのだ。
エンデバー号や他の研究船舶は、研究で重要な役割を果たしているが、さらに教育のツールとしても使用される。私が乗船中、この分野の研究者になるべく実務経験をしているニューイングランド大学院の海洋プログラムの学生らが乗船していた。またある学校の先生は、乗船中にビデオを用いてクラスに船の様子を見せ、生徒が海洋や化学への興味を持つような教材や知識を持ち帰っていた。研究航海をすると、人々が持続したい海の部分への理解をさらに深められる。
COLIN THACKRAY, PHD, ATMOSPHERIC CHEMISTRY
Harvard University
Colin Thackrayは、大気物理学と科学の数値化モデリングの経験を持つハーバード大学のポスドク研究員である。彼は、毒性物質が及ぼす漁業の健全性と持続可能性への影響を査定するために、物理的環境を海洋食物網と照らし合わせ、人間に起因する(大気から海洋まで)水銀のような有毒物質の排出を追跡するためのモデリングフレームワークを開発している。このフレームワークは、漁業・気候・排出が変化する中で、将来の漁業の持続可能性を予測するのにも役立つだろう。